田口高広歯科【インプラントセンター/歯科医院/一般歯科/インプラント】

治療に対する理念・プロフィール

     

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田口高広の勝手に波瀾万丈 祝!開業編

 

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●武者修行

東京かぶれになった田口高広は「茨城には戻りたくない!」と悩んでいた。

そんな矢先…。父光男から「東京でぇ仕事やめたんだったらぁ、

こっちさ戻っできで開業したらいがっぺ。」一番恐れていた一言だった。

こんなに力をつけて、師匠のそばで東京開業の夢が目の前にあるのに…。

立ち上がる!!

「やってやろうじゃないか!東京?茨城?どっちでも良い。

腕があればどこでもやっていける!」

20代の田口高広にとっては新たな門出は魅力に溢れていた。

茨城がどんな歯科事情なのかリサーチ。茨城で勤務医として務めた。

ときわ歯科医院には個性派の人材が多く、楽しい毎日、反面、東京との

レベルが違いすぎて退屈な毎日だった。しかし、話せば患者さん

たちには当時からモテモテ。根強い田口ファンは今も変わらず

通院してくれている。

「このレベルなら俺様はすぐに茨城でNo,1だぜっ!!」

●師匠に王手!祝・開院 田口高広歯科

めでたく開業にこぎつけた。開業初日は1日3人。

「まぁまぁ。まだ初日。」

次の日も、その次の日も3人。0人の日もあったり。

やばい。。

どうしよう。。

どうして誰もこないんだ?

当たり前。

開業した場所は茨城県土浦市桜町。医療とは縁の遠い街並み。

しかも地味なビルの2階のテナント。

飛び込みでくる患者さんなんて、ありえません。

「来ないものはしょうがない、自分と患者さんが満足する診療をしよう。」

重要なことは、来てくれた患者さんに満足してもらうこと。

患者さんが来ないならくるまで自分の診療をアプローチしていくしかない。

それだけを信念に、地道に仕事をこなした。

毎日毎日、、、、続けていたら、半年後ユニット3台が毎日フル稼働!

けれど、お金を出してもらって、悠々自適に歯医者になった、お坊ちゃま達とは、志が違う!

小学生の頃の夢は「歯医者になること!」と公言していた。学生時代はマクドナルドで

アルバイトもした。初めて買った車はバイト代で届く範囲のホンダのインテグラちゃん。

ひもじくてヤマザキの菓子パンで生活した。離婚もした。

農家の息子でも夢をつかむことができることを実証した。